ジグザグ
あるところに吸血鬼にとても憧れているヴォルグがおりました。名前をリィダといいました。
彼はもう十分大人な年齢なのに、「大人になったら体が変形とかして、自分は吸血鬼になるはずだ」と思っていました。
まあ、それはそんなにおかしな事ではありません。
世の中には、「世界の中心はわ・た・し♪」なんて言っちゃうパキケさんや、飼い主がいないのに動けるヤグラさんや、
髪の色を自由に変えられるピグミーさんがいるのです。
ちょっと頭の悪いヴォルグが自分を吸血鬼だと思いこむくらい、可愛いものじゃないですか。
リィダは1日の大半を、自分が吸血鬼になったときのことを妄想して過ごしました。
自分の島で妄想することもありましたが、たいていはセントミラノス霊園にいました。その方がより妄想に浸れるからです。
彼は時々気分がノってくると、「十字架怖い」とか「限定起動承認」とか変な言葉を口走ってしまうため、まわりからは気味悪がられていました。
しかし他人に危害を加えることはなかったので、特に問題も起こらず、リィダは平和な日々をおくったのです。
ところがある日、ちょっと困ったことが起きてしまいました。
リィダは何を思ったのか、突然「吸血鬼になったときに困らないよう、吸血鬼の練習をしなければ!」と言い出したのです。
吸血鬼といえば吸血です。夜中に徘徊して美女の血を吸うのです。
リィダはさっそくセントミラノス霊園へ行き、片っ端から可愛いリヴリーを襲って血を吸おうとしました。
しかし、彼はとてもトロかったので、相手を捕まえるよりも先に、バチンとビンタを喰らってしまいました。
けれどもリィダはこれに懲りず、毎日毎日美女を襲いに行きました。これは別にリィダに根性があったからではなく、単に学習能力がなかっただけです。
そんなことを続けていたので、セントミラノス霊園では「変態ヴォルグが出る」という噂が広まり、今ではリィダが現れるだけで、
皆ざーっと逃げていくようになりました。
その他にもリィダはさまざまなことをしでかしました。
家出でもないのに他人の島(主に「オバケの木」や「双子の木」)にずっと居座ることもありました。
そこらじゅうの「バラの茂み」から薔薇を盗みまくり、世界を統べる神様から「今度こんなことしたら、
島ごとあなたの存在を消しますよ」と警告されたこともありました。
でも、リィダはアホなので空の上の人の言葉は分かりません。自分が誰かに飼われているということも知らないのです。
リィダのまわりには問題が渦巻いていましたが、リィダ自身は何の問題も感じずに、幸せな日々を過ごしました。
しかし、その幸せは長くは続きませんでした。(はいっ、ここからが本番ですよ。)
「ねぇ、君返事してよ。」
リィダが自分の島で妄想に浸っていると、突然誰かに揺さぶられ現実の世界に引き戻されました。
見ると、どぎついピンクの髪をしたトウナスモドキが彼を見上げているではないですか。
トウナスモドキを見たことのないリィダは、思わず「何だこのブタは。」と呟きました。
そのとたん、猛烈なチョップがリィダの頭を襲いました。リィダはこの時、一瞬死んだかと思ったそうです。
「ブタじゃないさ。ジグザグっていう、ちゃんとした名前があるんだよ。発音はピクルスと同じ要領だから間違えないでね。」
そう言って、ジグザグはリィダに名前を呼んでみるよう、促しました。案の定、リィダは発音を間違えました。
「君の名前は?」
リィダは5分ほど考え込み、ようやく
「リィダ」
と一言だけ答えました。ジグザグは呆れて鼻をヴヒッと鳴らしました。
「君って見た目はすばらしく美しいのに、ずいぶんトロいんだねぇ。
まるで狩人の前の子兎だよ襲ってくれって言っているようなものさ、えいっ」
ジグザグはリィダを押し倒そうとしましたが、リィダはビクともしませんでした。
リィダの方がジグザグより大きかったので、仕方のないことです。それに頑丈な羽もありますからね。
ジグザグはきまりが悪くなり、プイとどこかへ飛んでいってしまいました。
それから1週間後、再びジグザグがやってきました。
でも、少し様子がおかしいです。顔色が悪く、とてもイライラしているみたいです。
家出でした。
ジグザグはぐったりしながら、
「キスしてくれれば治るかも。」と月並みなセリフを吐きました。
リィダは妄想の世界に浸っていたので、聞いていませんでした。
ジグザグはリィダの髪をぐいぐい引っ張り、「何か食べ物ちょうだいよっ。」と大声でわめきます。
やっと気づいたリィダが、エサ箱からムラサキシジミを数匹取りだし渡しました。
ジグザグは羽だけむしって、残りをリィダに押しつけます。リィダは少し嫌そうな顔をして食べました。
満腹になったジグザグはだいぶ気分が良くなったようで、寝転がってケタケタと笑いました。
「まさか、君のところへ家出してしまうなんてね。
ねぇ、こないだここに来たのは、セントミラノス霊園で噂を聞いたからなんだ。
君なんで女の子襲うの。」
リィダは自分が吸血鬼に憧れていることと、これまでしでかしたことを話しました。
それを聞いたジグザグは大笑いしました。体を丸めて、全身を震わせて笑います。
リィダの島中にヴヒヴヒヴヒヴヒ笑い声が響き、それは一日中続きました。
ようやく笑いが収まった後、ジグザグはゼィゼィしながら言いました。
「噂を聞いたときは、僕より変態なやつかどうか見てやろうと思ったけど、ヴヒッ。
君ってば可愛いやつだな。…ん。そろそろ時間みたいだ。」
ジグザグは急に立ち上がりました。よく見ると、体が少しだけ地面から浮いています。
家出してからだいぶ時間がたったので、体が島へ帰りたがっているのです。
「レベルが低いと、こういうときに損だね。ねぇ、また遊びに来ていい?」
ジグザグはリィダの島の名前をブックマークに加えると、自分の島の名前を教えました。
それは色んな種類の文字が混ざった、わけの分からない名前でした。
ジグザグが言うには、彼の飼い主がパソコンのキーボードを適当に叩いてつけた名前なのだそうです。
「飼い主の名前は唐沢教授といってね。3度の飯より3度の飯が好きなんだってさ。」
リィダはパソコンもキーボードも飼い主も唐沢教授も分かりませんでしたが、適当に頷きました。
「じゃあ、またね。」
ジグザグはやって来たときとは反対の、ご機嫌な顔をして帰っていきました。
うるさいやつがいなくなり、島は急に静かになりました。
リィダは今までに感じたことのない感情に襲われます。
それは「疲労感」というやつでした。
update:061229